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踊る喋り屋のぶろぐ 〜ラジオとフラメンコ〜

凌木智里です。しのきちさとと読みます。ラジオ(あるいは何か)で喋ったり、フラメンコを踊ったりして暮らしています。

違い

街をぶらぶらする(いや、もやもやするw)ある番組を見ていて。

小唄を嗜まれてるお嬢さんが登場して、タレントさんがその方に三味線借りて「ペン」と鳴らして、それっぽい声出して適当なことを唄ったら、予想外にそれらしくなっておりましたのを見て。

 

あー。フラメンコじゃなくてこういうのやりゃよかったのかね。

とつぶやきましたね。

 

よく、西洋人と日本人とでは体が違う、なんて言います。

それこそ私はずいぶん長いことバレエをやっていたわけですが、そのバレエなんかだと、そもそもの手足の長さと顔の小ささと頭の形と(全部だな)が全く違って、しかもそれが役柄や表現や技術に直結してるというキツさがあります。

でも、フラメンコはそこは気にならないところ。

 

もっと気になってくるのが、体型のことでなくって、リズム感。

これはフラメンコやろうとするとものすごく大事な問題。

「小唄なら習わなくてもなんとなく真似できる」ってのが、その血が流れてるってことで。

フラメンコ要素は体内にないですね、私たち。

「わたしリズム感なくってー」って、言う方がホントに多いけど、基本的には我々は全員あのリズムの感覚は持ってないと思ってよろしいわけで。

フラメンコは、スペイン語のリズムで成り立ってるてところもありそうだし。

 

しかし。

西洋人特有の外股気味な立ち姿も、リズムも、勉強して反復して、それなりにずいぶん覚えることができる類のもの。

 

でも、フラメンコにすごく重要で必要で、でも練習ではどうにもならないのが、彼ら特有の強さなんじゃないかと最近思ってる。

‥‥いやまあ、「そうだよ昔から言われてるよ知ってるよ」って言われるかもしれないけど。

わたしもようやくこのところ、彼らのフラメンコを見ていて、とにかく強いってことに改めて目がいくように。

足音が強いとか、ラスケアードが強いとか、声が大きいとか、そういうの以前に、そこにいるだけでもう強い、あれは何なの??

訓練によって体が充実しているから立ち姿が強い、とか、そういうんじゃない。

彼らは巨木で、私たちは柳。

彼らはパンパンに詰まった粉袋で、私たちはソバ殻枕。

頑張って身につけるとか、そういう類の話じゃない気がする。

 

少し前に受けたクルシージョで、それを目の当たりに見て感じて。

 

フラメンコ、

 辞めちゃおうかな

って思うほどのところまではもちろんぜんぜん突き詰めてなくて、呑気にやっているわたしですが、初めて、これは辞めとけばよかったかもしれん、と思ったのでした。